Apple Musicで空間オーディオ(Spatial Audio)に対応した音楽配信がスタートし、いろいろ話題になっているが、ソニーの360 Reality Audioとの関係がどうなるかは興味のあるところ。
それぞれを聴き比べてみての個人的感想を言うと、立体感においては1:10で、圧倒的にソニーの勝ち。でも使いやすさの面では、やはり断然Appleに軍配が上がる。やはりソニー方式は、再生自体は様々なヘッドフォンで可能だが、よりリアルな立体感を得るためには、認定ヘッドフォンを使用し、自分の耳の形を測定してHRTFを割り出す、といった面倒な設定が必要なので、使いやすさの両立が難しそうではある。
一方Appleは、Spatial Audio制作用のツールをLogic Pro用にリリースするとアナウンスしているのに対し、ソニーはすでに「360 Reality Audio Creative Suite」というツールの販売を始めており、誰でも利用できる状況となっている。
今回は、その360RACSがどのようなソフトなのか、実際に試してみた。どのように使い、どんな効果が得られるのか、見ていくことにしよう。
プラグイン「360 Reality Audio Creative Suite」を試す
360 Reality Audio Creative Suite(360RACS)は、4月16日に発売されたDAW用のプラグインだ。
360ra.comというサイトからダウンロード購入する形になっているが、このプラグイン自体のを開発したのはアメリカのワシントン州シアトルにあるVirtural Sonicsという会社で、販売元もアメリカのAudio Futuresとなっている。その経緯については、以前ソニーの担当者にインタビューをしているので、そちらを参照していただきたいが、簡単にいえば、エンジン部分はすべてソニー開発だが、UIやプラグイン化の部分等は外部に任せたということのようだ。
同ソフトの目的は、当然のことながら360 Reality Audioの作品を作ること。
ただ現状において、360 Reality Audioで作った作品は「deezer」「nugs.net」、そして「Amazon Music HD」におけるストリーミングでしか再生することができない……(しかもAmazon Music HDは現時点ヘッドフォン出力には非対応)。つまり、完全に業務用のソフトであり、一般ユーザーが利用するものではない。
とはいえ、現在はトライアル価格の299ドルであるため、一般ユーザーでも購入可能な金額ではある。またサイトの説明を見ても「360 Reality Audio Creative Suiteはスタジオでの楽曲制作だけでなく、ノートパソコンとヘッドホンさえあればどこでも使用できます」と、誰でも使えそうな記述になっている。
WindowsでもMacでも利用可能で、VST3およびAAXに対応するプラグインとなっているため、DAW環境を持っているユーザーであれば、誰でも利用できそうだ。
ただ、動作保証しているのは「Pro Tools」と「Ableton Live」の2つのみ。「Nuendo、Cubase、Studio OneやFL Studio、VST3に対応するその他のDAW上で360 Reality Audio Creative Suiteと互換性がありますが、現在はこれらの製品における安定したパフォーマンス、現在対応しているDAWと同等の動作は保証されていません」とある。
業務用ということを考えるとPro Toolsでの使用が第一義にあり、海外ではクリエイターのAbleton Live使用比率が高いことから、Ableton Liveも優先して検証を行ない、この2つであればしっかり動く、とのことのようだ。
第895回で紹介した佐藤純之介氏のスタジオでも、Mac上のPro Toolsで360RACSが動作しているのは確認しているので、今回はあえてWindowsベースの「Cubase Pro 11」で試してみたが、結論からいうとまったく問題なく利用できるようだった。
その使い方の手順を追っていこう。
まず始めに360ra.comサイトで360RACSを購入。Windows版をダウンロードして、インストールする。ここでインストールするのは「360RACS Updater」というツールなので、これを起動し、最新版のインストーラーをダウンロードして、プラグイン本体をインストール。6月20日現在、1.0.2というバージョンになっている。
プラグインが入ったので、あとはDAWを起動して使うだけなのだが、一般的なエフェクトのプラグインとは使い方が大きく異なる。
360RACSをプラグインとして立ち上げると、アクティベーションを求められるので購入時に得たキーを入力して認証。改めて起動すると、日本語で「360RACSをはじめてみましょう」と書かれたチュートリアルが表示される。
指示通りにマスタートラックに360RACSを挿入。「マスター出力先として設定する」という画面で、「設定する」ボタンをクリック。ここはあくまで設定しただけで、何も起こらない。
続いてオーディオトラックに、インサーションとして同じ360RACSのプラグインを組み込むと、地球儀のような3D viewが左側に、真上から見たTop viewが右側に表示される。同じプラグインを組み込んだのに挙動が異なるため、不思議に感じるところではあるが、ここでは深く考えず、そういうものである、と捉えればOK。
トラック名が書かれた丸い球が配置されているので、これをマウスでドラッグすると……、確かソニーで取材したときや、佐藤純之介氏のスタジオで見せてもらったときは、これで音が上下左右前後に動いたのだが、まだ準備不足のようで、何も反映されない。
そういえば、360RACSのプラグインを入れると、そこからはDAWのフェーダーは関係なくなり、360RACSの世界に入る、という話を聞いた記憶があったので、トラックのフェーダーを下げてみると音がまったく出なくなった。
プラグインの画面をよく見るとMASTER OUTPUTというスイッチがオフになっているので、これをオンにしてみると、音が出始めると同時に、丸い球が音量に合わせて点滅するようになる。改めて、丸い球をドラッグしてみると、左右に音が動くようにはなったが、イマイチ立体感が感じられない。
実はこの状態はステレオスピーカーに出力するモードになっており、画面右下にあるヘッドフォンのアイコンをクリックしてオンにする必要があった。すると立体的に聴こえるようになり、そもそも音の響きがまったく変わり、音色的にもずいぶん違った形に変化する。左右、前後、上下……確かに音が360度、さまざまな方向から聴こえるようになり、従来のステレオとはまったく違ったものとなるのだ。
トラックを2つ目、3つ目と追加し、各トラックに360RACSをインサートすると、またMASTER OUTPUTがいったんオフになってしまうが、それぞれのフェーダーをゼロに下げるとともに、再度オンにすることで、それぞれのトラック音を360度空間に配置していくことが可能になる。
ヘッドフォンで聴く必要があるが、3つのトラックが立体的に動いているのが感じられると思う。ただし、どこまで立体的に感じ取れるかは個人差がある。
というのも、これは「ヘッドホンモニタリングプロファイル」というのがDefault設定での状態のものだからだ。この状態だと筆者自身、それほど立体的に感じることはできなかった、というのが正直なところ。
ヘッドホンモニタリングプロファイルとは、頭や耳の形などによって異なるHRTF=頭部伝達関数をファイルに落とし込んだもの。個人ごとに測定することで聴こえ方を最適化することができる。
ただし、このヘッドホンモニタリングプロファイルの測定ツールなどは、360RACSには含まれておらず、ソニーのレコーディングスタジオなど、ごく限られた場所で測定し、ファイル化してもらうしか入手方法はない。筆者は、先日、ソニーに取材した際に特別に測定してもらったので、このファイルが手元にあった。ソニーのMDR-M1STを使って測定たのだが、ファイルを読み込むとともに、手元にあるMDR-M1STで試してみたところ、音の聴こえ方が劇的に変わり、圧倒的に、立体的に聴こえるようになった。
どちらの方向から聴こえてくるかというのが分かるだけでなく、各トラックの音自体が大きく違って聴こえるため、一度自分のヘッドホンモニタリングプロファイルの設定にしてしまったら、Defaultにはもう戻せない。あまりにも音が違うので、誰が聴いても、こちらのほうがいいのでは? と思うほど。そのプロファイルを設定した状態で先ほどと同じ動画を作ってみたのが下記になる。
もし、2番目の動画のほうが、よりリアルに感じるようであれば、標準的な頭の形よりも、筆者の頭や耳の形に似ているということなのかもしれないが、どうだろうか?
ちなみにiPhoneやAndroidで360 Reality Audioを再生する場合には、「Sony | Headphones Connect」というアプリを使って、利用するヘッドフォン・イヤフォンを選択するとともに両耳を撮影。最適化することができる。将来はこのアプリを使って自身のプロファイルを生成し、360RACSに取り込めるようになるといいのだが。
ここまでの操作をWindows上の「Cubase Pro 11」で試してみたわけだが、まったく問題なく使うことができた。
試しに同じことを「Studio One 5 Professional」でもやってみたところ、サウンド的にはまったく同じように動作したが、一つ大きな問題があった。
それはCubaseの場合、トラック名が360RACS上の丸い球に表示できたが、Studio OneだとTrack 1、Track 2のようになってしまい、表示できないのだ。これはStudio One側の仕様によるものではないかと思われるが、360RACSは特殊な使い方をするプラグインだけに、このようにDAWによって問題が出ることがあるのかもしれない。ここが現時点においてPro ToolsとAbleton Liveのみの動作保証としているところなのだろう。
作った作品を手軽に聴くことができない
360RACSで立体的なサウンドを作った後は、DAW側の書き出し機能、バウンス機能を用いて、360 Reality Audio用データとして書き出す必要がある。
ヘルプを見ると、360RACS側が指定したフォルダを指定して書き出せばいい、とのこと。ファイル形式は48kHz/24bit限定とあるので、そもそもDAWでの作業開始時から48kHz/24bitにしておいたほうが良さそうだったが、とりあえずCubaseで書き出しを試してみた。
すると、あっさり作業は終わり、画面が360RACS側に切り替わった。見ると「Level0.5」「Level1」「Level2」「Level3」などのチェック項目が表示された。以前、ソニーでのインタビューでは、レベルによって、表現できるオブジェクト数が変わり、立体的な音の聴こえ方に違いがでるとのことだった。
が、この画面を見るとなぜかLevel0.5しか選ぶことができなかった。おや? と思ったが考えてみれば当たり前。3つしかトラックがなく、またオブジェクト数も6つしかないため、0.5しかアクティブにならなかったのだ。
試しにトラックを増やしてみて改めて書き出してみたところ、Level3まで選択が可能になり、それぞれのプレビューも可能となった。また、各レベルごとにどれをスタティック(静的オブジェクト)にして、どれをダイナミック(動的オブジェクト)にするかの設定もここで行なうようになっていた。
書き出したデータを確認すると、レベルごとにフォルダ分けされたファイルが生成されていた。中身を見ると、たくさんのwavファイルと、拡張子samというファイルが生成されている。このsamが音の立体化を司るものになっているようだが、テキストファイルではなかったので、詳細については分からない。
こうして生成したデータを納品することで、deezerやnugs.netでの配信が可能になる。実際には、deezerなどに直接納品するのではなく、アグリゲーターに納品した上で、MP4コンテナに格納する形でのコンバート作業をしてもらう。
では、作成したデータを自分で、もしくは友人に配布して聴いてもらうにはどうすればよいか? さらにいえば、deezerなどで配信するのではなく、立体化した音を自分のYouTubeなどにUPするにはどうしたらいいのだろう。
実はそうした機能を搭載していないのが、360RACSの最大の欠点。せっかく、このように立体音響作品が作れても、それをdeezerなどに配信する以外の手がなく、YouTubeなどに作品としてUPすることもできなければ、そもそも自分でできあがったものを聴くことすらできない。
では、先ほどの動画はどのように作ったのかというと、強引なローテクで作成したもの。
Cubase上で作業しているときはオーディオインターフェイスの出力を通じてヘッドフォンでモニターすることができるので、その出力をアナログ録音したのだ。それを動画編集ソフトを使い、キャプチャした動画と合わせたというわけ。もう少し、まともな方法としては、オーディオインターフェイスのループバック機能を使うとか、OBSなどのソフトを使ってキャプチャするという手もありそうだが、いずれにせよ、360RACSからの直接ファイルを作り出すことは現状できない。
確かに、360RACSでできた音を一番いい形で聴くには、リスナーのHRTFを生成し、それを使って、最適化した上で聴く必要があるのだが、そこにたどり着くまでが大変なので、なかなか多くの人に伝わらないのでは……と危惧してしまうところ。せっかくいいツールなので、できればもっと簡単に聴くための方法も追加してほしいところだ。
からの記事と詳細 ( ソニー「360 Reality Audio」で立体音楽を作ってみた - AV Watch )
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