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Saturday, August 27, 2022

<書評>『東京四次元紀行』小田嶋隆 著 - 東京新聞

◆孤独を抱え、流転していく
[評]長谷部浩(演劇評論家)

 六月、六十五歳で亡くなった小田嶋隆が遺(のこ)した本書は、掌編小説集だった。稀代(きだい)のエッセイストならではの毒やロジックの魅力は影を潜めて、絶望的な状況でも生きていく人間を肯定的に描いている。叙情的な物語でさえある。

 小説集としては異例なことに、小田嶋自身による序文とあとがきが収められている。「失敗した落語のマクラみたいなものになるだろう」と言い繕い「ただ、私はこれらの作品をあれこれいじくりまわしている間、とても楽しい時間を過ごすことができた」と内心を吐露するに至る。名をなした文筆家が小説を書くには、高い壁が立ちふさがっているとわかる。

 二十三区をめぐる連作が中心である。新宿区にはじまり、港区で終わるが、前半が特にすぐれている。冒頭の「残骸−新宿区」では、語り手が運転している車が神保町の交差点で停止していると、突然「健二」が助手席のドアを開けて乗り込んできた場面が衝撃的であった。健二はやくざのチンピラであるとわかる。「愛嬌(あいきょう)のある下っ端は、どんな世界でも扱いやすい手駒として需要が高い」と書くあたりは、鋭い警句で知られた小田嶋の片鱗(へんりん)が見える。この健二は、その日に逮捕され、次の「地元−江戸川区」では、妻と幼児のいる家庭を持っているが、愛嬌は消え去り、暴力を制御できなくなっている。

 サックス奏者として食べていく野心を持つ福島の中学生(「サキソフォン−杉並区」)。母子家庭に育って、公共図書館で時間を過ごす中学生と幼なじみ(「幼馴染(なじみ)−大田区」)。みな鬱屈(うっくつ)と孤独を抱え込んでいるがゆえに、痛ましく、胸を打つ。

 登場人物たちが、リレーのように、区をまたいで流転していく。予定調和のような区のイメージに寄り添いつつ、巧みに裏切っていく。北区に生まれたなら、板橋、豊島、文京の一部まで。東京に育った人間の郷土意識は、半径五キロに限られるとするのも鋭い。戦闘的なツイートを間断なく発していた小田嶋は、東京をいとおしんでいた。人も区も、ひとところにとどまらず、流れていくのだと告げていた。

(イースト・プレス・1650円)

1956年生まれ。コラムニスト。『地雷を踏む勇気』『日本語を、取り戻す。』など。6月死去。

◆もう1冊

昭文社企画編集室編、皆川典久監修『東京23区凸凹地図』(昭文社)

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