勉強や「学び」というものは、本来、自分で自分を開拓していくような知的興奮とよろこびに満ちたもの――。そうした学びの楽しさは、ただの暗記や一過性の思考法によってではなく、自分が気になるテーマを「自分の頭で考える」ことで体感できると、脳科学者の中野信子さんはいいます。
折しも、新型コロナウイルスの感染拡大やテレワークの影響によって在宅時間が増えたいまは、日常生活やビジネスシーンでも広く活用できる、真の学びの力をつける絶好のチャンス。中野信子さんに、自分の頭で考え、学びに向かっていくためのコツを教えてもらいます。
「考える」ことで知的空間の領土を増やす
わたしが「学ぶよろこび」を感じているときは、自分の心のなかに知的空間があり、その空間を広げていくようなイメージがあります。自分の領土が増えていくとでもいうのでしょうか。
別に戦争や競争をして領土を増やすわけではなく、単に自分で開拓することでどんどん自分だけの領土が増えていく感じです。そして、その過程で拡大していた領土が遠くにある別の領土とつながっていることを発見すると、さらに楽しくなっていく。つまり、知的空間そのものに4次元的な広がりがあるわけです。
このような種類の学びは、別に資格取得やキャリアアップに直結するわけではないので、「結局のところ、なんの役に立つの?」と問われると説明しづらいものです。「役に立たないから楽しみなのだ」ともいえます。しかし、多様な人たちとコミュニケーションするときに、その知的空間の広さはかなり活きてきます。
たとえば、仕事やプライベートで、ほかの人とは異なる角度から考えを述べたり、特定分野の知識だけでは考えつかないような意見を提示できたりします。そのような教養の厚みというものは、まさに「知的空間の広さ」でしょう。
ただ、いまは問題の解決策として、フォーマット化された画一的な方法を提示することのほうが流行っているように感じます。論理的に思考するためにロジックツリーをつくったり、アイデアを出すためにとにかくなんでも書き出したり。このような方法は、一見合理的かつ効率的で正しいように見えますが、わたしは「本当にそれだけでいいのかな?」と、ちょっと引いてしまうのです。
たしかに一手先の問題は解決できるかもしれない。でも、五手先には負ける手だというのが透けて見えてしまうと、とても残念な気持ちになるからです。
そんなことになるのは、やはり「自分の頭で考える」余裕がないからであり、自分で自分の「知」を鍛えてこなかったためだと思います。小さいころから、「自分の道は自分で決める」というトレーニングをしっかりと続けていれば、もっと人とはちがう考え方をしたり、選択肢を探したりすることができるにちがいありません。その意味でも、詰め込み型の受験システムというものは、やはり少々残念なものだと感じています。
問いを立てる楽しさを知る
では、「自分の頭で考える」というのは、どのような営みなのでしょうか? わたしの場合、考えるという行為そのものがとても楽しいことで、まるで散歩をしてリフレッシュするようなものです。ただの散歩なので具体的な目的はないし、特定の問題を解決しようとするわけでもありません。
まず、わたしの頭のなかには、常にいくつかの考えるテーマがあります。先に領土とも表現しましたが、それらがふだんはいくつか島のように点在していて、自分の頭で考えることでそれらの島々を結びつける新しいアイデアや概念を見つけられると、とても楽しくなります。それこそまるで、島と島のあいだに自分で橋を掛けていく感じです。
つながっていないと思っていた島同士が実はつながっていたり、知らなかった抜け道があったり。自分の頭で考えると、そんなことがたくさん起こります。それは、いわば「新たな道」を見つけるための行為であり、気楽な散歩でもありながら探検でもある、とてもワクワクする営みなのです。
人にはそれぞれ、自分が気になっているテーマがいくつかあると思います。では、どうすればそれらの考えるテーマを、互いに架橋することができるのでしょうか。わたしの実感では「自然とつながっていく」としかいえない感じなのですが、手がかりになるのはこんなことです。
常に問いを立てる。
身のまわりに起きるものごとを、ただ漠然と受け止めるのではなく、常に疑問を持ち、自分で調べたり、わからないことはどんどん人に質問したりする。そんな姿勢を持ち続けていると、人があまり気づかないことにも敏感になるし、「知りたい」という好奇心が強く大きく育っていきます。
わたしも子どものころから人に質問することが大好きで、「多くの人が当たり前だと思っているけどそうではないもの」に気づいてしまう性質でした。もともと自分があまり一般的なタイプではないと心のどこかで感じていたせいなのか、「どうしてみんなはこれを当たり前だと思うのだろう?」とよく考えることがあったのです。
そして、そんな自分の立ち位置から見える景色と、みんなが見ているであろう景色を想像し重ね合わせていくと、そこにずれている部分がいくつか見つかり、それがまた新しい問いを生んでいく――。まさに、思わぬところに抜け道を見つけてしまうような知的興奮があるわけです。
もちろん、この「問いを立てる力」は、別に自分の違和感をベースにする必要はないし、「とにかく問いを立てよう!」と無理してがんばる必要もありません。たとえば、第三者であるAさんとBさんの見ているであろう景色を、その人になったつもりで想像しながら、「この部分がずれているのでは?」と客観的に考えていくこともきるでしょう。
学びだけに限らず、広く日常生活やビジネスシーンに活用できる力ではないでしょうか。
構成:岩川悟(slipstream)、辻本圭介 / 写真:榎本壯三
※今コラムは、『「超」勉強力』(著:中野信子/山口真由 プレジデント社)より抜粋し構成したものです。
中野信子(なかののぶこ)
脳科学者・医学博士・認知科学者。1975 年、東京都に生まれる。東京大学工学部卒業後、同大学院医学系研究科修了、脳神経医学博士号取得。フランス国立研究所ニューロスピンに博士研究員として勤務後、帰国。現在は、東日本国際大学教授、京都芸術大学客員教授として教鞭を執るほか、脳科学や心理学の知見を活かし、マスメディアにおいても社会現象や事件に対する解説やコメント活動を行っている。
レギュラー番組として、『大下容子 ワイド!スクランブル』(テレビ朝日系/毎週金曜コメンテーター)、『英雄たちの選択』(NHK BS プレミアム)、『ホンマでっか!? TV 』(フジテレビ系)。著書には、『サイコパス』、『不倫』(ともに文藝春秋)、『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)、『空気を読む脳』(講談社)などがある。
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April 28, 2020 at 10:49AM
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