多くの方は「遺言書を残せば相続でもめない」とお考えだと思います。しかし、遺言が紛争の元凶になることがあります。
「紀州のドン・ファン」こと故野崎幸助さんをご存知の方は大勢いらっしゃると思います。その野崎さんが残した遺言書をめぐり親族が遺言の無効確認を求めて地裁に提訴したことが報じられました。
この記事には、「遺言の種類」が特定されていませんが、他の報道機関によると自分で書いて残す「自筆証書遺言」だったようです。
自筆証書遺言を残す方式は、その全文、日付および氏名を自書し、これに印を押しさえすれば成立します(民法968条1項)。
民法968条1項(自筆証書遺言)
自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
このように「方式」はいたって簡単です。しかし、たとえ方式に問題がなくてももめてしまうことがあるのです。
遺言の「真贋」をめぐる争い
自筆証書遺言は1人、つまり密室で作成できます。したがって「そもそも本人が書いたものなのか」という遺言の真贋をめぐる争いが起きることは否定できません。なお、筆跡鑑定で「本人が作成した」と鑑定されても、そのことをもってして法的に有効とは断定されません。あくまでも参考としてとらえられます。
「遺言能力」をめぐる争い
遺言をするには、一定の判断能力が不可欠となります。この「一定の判断能力」のことを「遺言能力」といいます。
遺言能力は、「遺言の内容を理解し、遺言の結果を弁識(物事の本質をはっきりと見極めること)しうるに足る意思能力(理性的に判断して、意思決程をする能力)」とされています。
民法は、15歳以上になれば遺言能力があるものと定め(民法961条)、遺言能力は遺言作成時に備わっていなければならないとしました(民法963条)。
民法961条(遺言能力)
15歳に達した者は、遺言をすることができる。
民法963条(遺言能力)
遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。
したがって、15歳以上でも、意思能力がない場合は、「遺言能力はない」と判断され、たとえ形式的に法的要件を満たした遺言書を残しても、その遺言は無効となってしまいます。
そして、遺言能力が欠けた、もしくは欠けるおそれがある状態の時に遺言を残したために、遺言者の死後に遺言能力の有無をめぐる争いが実際に起きているのです。そして、その多くは「高齢者」が残した遺言です。
「検認」は法的有効を証明するものではない
自筆証書遺言を保管していた者は、遺言者が死亡したことを知ったら、遅滞なく、家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければなりません(民法1004条1項)。
民法1004条(遺言書の検認)
1.遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない。遺言書の保管者がない場合において、相続人が遺言書を発見した後も、同様とする。
2.前項の規定は、公正証書による遺言については、適用しない。
3封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することができない。
「検認をすれば遺言書が法的に有効になる」とお考えの方がいますが、そうではありません。検認は、遺言書を家裁に提出して、遺言書の現状を確認し、証拠を保全する手続きです。したがって、検認をしたからといって、法的に有効になるわけではありません。
「公正証書遺言」にすべきだった
野崎さんの遺言の内容は、「全財産を市に寄付する」といったように、法定相続を否定する内容でした。また、財産も相当な金額でした。そのようなことを勘案すると、公証人が作成し、証人2人以上の立会いの下で厳格な手順に則って作成する公正証書遺言で残すべきだったと考えます(民法969条)。
民法969条(公正証書遺言)
公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 証人二人以上の立会いがあること。
二 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。
三 公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させること。
四 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押すこと。ただし、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。
五 公証人が、その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと。
「30万円」で作成できた
冒頭にご紹介した記事には続きがあります。
公正証書遺言の作成費用は、手数料令という政令で法定されています。その手数料令を基に算出すると、13億5千万円の財産を一人に残す内容の公正証書遺言を残す場合、公証役場に支払う手数料は約30万円です。財産の額と速やかな遺言の内容の実現を考慮すれば、決して高くはないのではないでしょうか。
遺言は遺言者が死亡したときから効力が生じます(民法985条1項)。
民法985条1項(遺言の効力の発生時期)
遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生ずる。
つまり、遺言に疑義が生じてしまっても自分で説明することはもはやできません。表現が適切ではないかもしれませんが、「死人に口なし」なのです。
せっかく残した遺言がもめごとの元凶にならないためにも、遺言を残す場合は、自分の死後に問題なく速やかに遺言の内容が実現されるかを念頭に置いて作成するようにしてください。
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May 29, 2020 at 03:00PM
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