『あの頃ペニー・レインと』(原題:Almost Famous)が公開されたのは20年以上前のことだが、この映画とサウンドトラックはどちらもロックンロールに宛てたラブレターであり、ナンシー・ウィルソンにとっては今も変わらず大きな意味を持つ作品となっている。
ハートの結成メンバーであるナンシーは、元夫である監督/脚本家のキャメロン・クロウと共にこの映画のサウンドトラックの曲作りを担当したが、『あの頃ペニー・レインと』と劇中に登場するバンド、スティルウォーターは今も我々の身近な存在のままだ。
最近では、『あの頃ペニー・レインと』のサウンドトラックが拡張版の限定ボックス・セットとしてリイシューされた。そこにはビーチ・ボーイズ、ジョニ・ミッチェル、ザ・フーといったアーティストの楽曲に加え、キャメロン・クロウ、ナンシー・ウィルソン、グラミー賞受賞ギタリストのピーター・フランプトンが映画のために書き下ろしたスティルウォーターの未発表曲も含まれている。
とはいえ、これはナンシーが携わっている数多くのプロジェクトのひとつに過ぎない。シンガー・ソングライターであるナンシーは、ハートやロック/R&Bのグループ、ロードケース・ロイヤルでの活動を続けていたが、新型コロナウイルスの流行によって活動は足踏み状態となっていた。ただし彼女は、そのあいだに北カリフォルニアにある自らのスタジオで、初めてのスタジオ・ソロ・アルバム『You and Me』の制作に時間を費やすことになった。
このソロ・アルバムはブルース・スプリングスティーンやパール・ジャムなどのカヴァー曲とオリジナル曲で構成されている。ここでナンシーは自分の過去を振り返り、ハートが存在する前の自分自身からインスピレーションを得ることができた。
今回は、『あの頃ペニー・レインと』の音楽制作、スティルウォーターの活動姿勢、そしてソロ・デビュー・アルバムについて、ナンシーに話を聞いた。(*このインタビューは2021年9月に実施)
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―― 『あのころペニー・レインと』の音楽を作ったときは、どういうプロセスで曲作りが進んだんですか?
私と当時の夫だったキャメロンは、この映画のあらゆる面で一緒に仕事をしたんです。脚本作りの面でも、サウンドトラックの面でも。あれは楽しかった。っていうのも、私たちはふたりとも映画の背景となった1970年代のロックや音楽界のことをよく知っていたから、映画の中に出てくる曲をどういうサウンドにすべきか、はっきりとしたイメージがあったんです。
あの時代には、あの時代特有のサウンドがありますよね。だから劇中の曲は、バッド・カンパニーとかオールマン・ブラザーズとか、当時のそういうロック・バンドをいろいろミックスしたものにしたほうがいいと思ったんです。でもスティルウォーターの場合、もう少し中堅どころにする必要があった。そこがある意味、この映画のストーリーのポイントでね。彼らは超大物のトップクラスのロック・スターではなくて、中堅のロック・スターだった。
こちらとしては、とても楽しい仕事でした。というのも、最高にすばらしい名曲を作らなきゃいけないというプレッシャーなんか全然なかったし、とにかく中堅どころのそこそこのロック・ソングを作るだけでよかったから。
―― どういう気持ちでスティルウォーターの曲を作ったんですか?
スティルウォーターは、あの時代らしいかなり男性至上主義のロック・バンドで、曲作りには物憂げな部分がありました。歌詞は、後悔とか父親との関係といった問題を抱えていてね。「父が恋をするなと警告した」とか、「お前は孤独に終わる」とか、そんな調子で。当時のソングライターたちは、そういう問題を抱えていたんです。曲作りにあたっては、そういう枠組みの中でやるようにしていましたね。
Stillwater – Love comes and goes ("Live")
―― ハートが最後にレコードを出してから5年が過ぎました。アン(・ウィルソン)と新曲のレコーディングについて話し合ったことは?
新型コロナウイルスの流行のせいで、アンとはちょっと連絡を取っていなかったんだけど……2022年にハートでツアーをしないかというオファーが来たので、またライヴをやろうという話をしているんです。前回のツアーは2019年で、そのときは大成功でした。でもロックダウンのあいだ、私は北カリフォルニアの自分の新しいスタジオでソロ・アルバムを作っていたんです。その中のいくつかの曲は、ハートでやったらすごくクールなものになると思う。(姉の)アンも自分の新曲をリリースしているけれど、私はハートが大々的にツアーをやれば、それがコロナ後の一大イベントになると思っています。
―― ソロ・アルバムについてですが、これはあなたにとって初めてのソロ作品ですよね。このタイミングで作ったことに何か理由はあるのでしょうか?
ソロ・アルバムはずっと作りたいと思っていたし、いろんな人からも作ってほしいと言われていました。今回作った理由のひとつは、家に閉じこもっていたということがあります。つまり、今までノンストップでやってきたツアーができなくなったという事情がありました。
それと、引きこもっている状態でギターの練習をしていると、ハートに入る前の自分に戻ることができたんです。ハートに入る前に大学に通っていたころの学生時代に戻ったような感じ。それは、私が失っていた何かを思い出させてくれました。そういう過ごし方は、この本当に辛い時期を生き抜くためには本当にプラスになった。だからこそ、ブルース・スプリングスティーンが2001年の同時多発テロをきっかけに作った「The Rising」という曲を最初にカヴァーしたんです。この恐ろしい時代に、私たちはいろいろなことを経験している。その点を踏まえると、あの曲をカヴァーすれば心を奮い立たせることができると思ったんです。
Nancy Wilson "The Rising" Official Video
―― 今回レコーディングしたカヴァー曲はどういう風に選んだんですか?
パール・ジャムの「Daughter」という曲を録音したのはロックダウンの前で、それはNetflixで公開された『アイ・アム・オールガールズ』という映画のためでした。これは、人身売買をテーマにした曲でね。被害にあった女性が人身売買の現場に戻って、加害者に仕返しまでするという実話が元になっているんです。この曲を採り上げたのは、歌詞の中に「彼女は自分を押し殺している手を握った」というカッコいい一節があったから。というわけで、この音源は前からあったんです。
それからクランベリーズの「Dreams」という曲は、ある日ラジオで耳にした曲でした。そのとき今の夫のジェフから、「リブ(・ウォーフィールド)と一緒にやったらいいんじゃないか」と言われてね。リブは、私が最近組んだバンド、ロードケース・ロイヤルのシンガーですね。彼女に会えない時期が続いて本当に寂しかったし、一緒に歌いたいと思っていたから、これをカヴァーしてみたんです。どちらの場合も、カヴァーしたのは私が好きな曲ばかりですね。
DREAMS feat. LIV WARFIELD
―― 『あの頃ペニー・レインと』は公開から20周年を迎え、それを記念するボックス・セットが出ましたね。そこには新曲も収録されています。今回新たに発表された曲「Love Thing」の制作過程について教えていただけませんか?
キャメロンとは、よくオレゴン州の西海岸の海に行って、1週間くらいかけて曲のアイデアを練ったり脚本を読み上げたりして、映画のコンセプト全体にとことん浸っていたんです。一緒にバッド・カンパニーの曲を聴きながら、それと似たようなギターのコードやメロディ、歌詞の内容を考えていた。そんな風にして作りました。
Love Thing
―― 『あの頃ペニー・レインと』で作った曲の中で、お気に入りの曲は?
私が好きな曲は「Fever Dog」ですかね。というのも、曲名がいかにもあの時代らしく感じられるフレーズだから。私たちは、ある登場人物を象徴するフレーズを作ろうとしていました。その登場人物は、周囲の状況を利用しながらいつも自分に有利になるように物事を動かしている少しズルい人でね。だから「Fever Dog」というタイトルを思いついたときは、「これだ!」という感じでしたね。曲そのものも、シンプルさとロックらしい心意気が相まって、うまく仕上がったと思います。
Fever Dog – Stillwater – Music Video
―― 『あの頃ペニー・レインと』のサウンドトラック作りで、制作秘話のようなものはありますか?
映画の撮影にあたってロック・スクールのようなことをやった時、俳優たちと一緒にリハーサル・スペースを借りて、本物のロック・バンドが活動する現場がどういうものか教えたんです。ステージ上での存在感の出し方とか、メンバー同士のアイ・コンタクトとか、ワルっぽい振る舞いをするとか、ギターを低い位置に構えるとか、そういう細かいところをね。
私はビリー・クラダップに「ロック・スター」というものについて教えたりした。たとえば「ギターの演奏に集中していても、邪魔が入ることを覚悟しなきゃいけない。なぜなら、お客さんがワーッと押し寄せてサインを求めてきたりするから。ギターの演奏で両手がふさがっていてサインなんかできないのにね。私はそういう人たちの注意をそらそうとして紙を投げつけたりしていた。あれはある意味、戦場のような状況だった。演奏中に、本当にたくさんの人がこちらに近づこうと手を伸ばしてくるんだから」っている風に。そんなアドバイスをしたこともあって、あの映画に出演した俳優たちは本物のロック・バンドっぽくステージに立つことが出来たんです。
Almost Famous (2000) Trailer #1 | Movieclips Classic Trailers
―― 今の時点では、キャリアの面でどういうものを求めているんでしょうか?
私が求めるのは「楽しさ」なんです。自分の活動では楽しみたい。というのも、音楽家として良い活動領域をたくさん切り開いてきました。それは単に映画用の曲作りだけじゃない。私はソングライターでもあるし、今ではよりシンガーとしても活動するようになっています。以前よりもひとりで何でもこなせるようになった気がするんです。ソロ・プロジェクトを立ち上げたから、前より少し自信もつきました。来年は是非ハートで活動したいと思っているけれど、今は自分の活動に集中しています。
Written By Ilana Kaplan
「入手困難盤復活!! HR/HM 1000キャンペーン北米編」にてハートの5枚のアルバムが再発
ハート『Magazine』
1977年4月19日発売
国内盤CD1000円盤 / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
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