アメリカの名門大学「アイビーリーグ」の内のひとつ、コロンビア大学。
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優秀な高校生の間で、海外トップ大学への進学が少しずつ広まりつつある。
千葉・渋谷教育学園幕張高校では2021年、マサチューセッツ工科大学など海外大学へ延べ30人の生徒が合格し、ここ3年で最大に。東京・広尾学園でも同じく、海外大学へ進学する生徒の延べ人数が222人となり、前年の79人から3倍近くにもなった。
しかし、海外大学への進学を志す同じ高校生であっても、地方と都心の間には大きな格差がある。
そうした学生たちの地方格差を是正するために立ち上がったのが、山口県の高校からコロンビア大学へ進学し、現在3年生の李卓衍(り・たくえん)さんだ。2020年4月、海外大学への進学を目指す高校生の支援団体 atelier basi(アトリエ バシ)を設立した。
現在、全国16都道府県の高校生がオンラインで参加しており、すでに30以上の海外大学合格実績を出している。atelier basiの活動内容、そして同団体を立ち上げた経緯について李さんに聞いた。
「日本の大学では活躍できそうにない」と思った
現在コロンビア大学3年生の李卓衍(り・たくえん)さん。
画像:オンライン取材よりキャプチャ
李さんが海外の大学への進学を目指すようになったのは、高校2年生の頃。山口県・宇部市の高校に通っていた李さんは、物理の授業に夢中になって将来は宇宙工学を学ぼうと工学部を志した。しかし、日本の大学への進学はあまり気が進まなかったという。
「工学部に行っても女性は少数派です。進学しても『活躍できないんじゃないか』『仲間外れにされるんじゃないか』という不安がありました。また将来はアカデミアの世界で働きたいと思っていたので、できるだけプレッシャーのかかる環境で学びたかった。そうしなければ、夢は叶えられないと思いました」
研究者に興味を持ったのは、工学系の大学教員である父親の影響が大きい。何にも縛られることなく、自身の関心をまっすぐに追求する父の様子を見るうちに「将来は研究者になって、自由に働きたい」と思うようになった。
そこで李さんは、高校2年生の時、東京・開成高校で開催されている、海外大学への進学を希望する学生を対象としたカレッジフェアなどに足を運び、情報収集に努めた。
そうしたイベントは平日の日中に開催されることもある。地方に住んでいた李さんは放課後に向かっても間に合わない。学校に理解してもらうため、公欠を取得するための説得も必要だった。
東京にいないと、海外大学へ挑戦さえできないのかな……。そんな李さんを勇気付けたのは、同じ目標を持つ仲間との出会いだった。
「地方からの受験でも、あの子には負けたくない!」というライバル心をエネルギーに変えた李さんは、2019年9月にコロンビア大学工学部への入学を果たす。今、コロナ禍により想定外の生活を強いられたことを差し引いても、学習環境にはかなり満足しているという。
エッセーの添削に1回数万円……海外大受験生を阻む3つの壁
海外大学への進学のハードルは、自分が所属している環境にも大きく影響を受ける(写真はイメージです)。
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atelier basiが取り組む問題は、李さん自身が受験期に経験してきた問題でもある。問題は主に3つあると、李さんは指摘する。
1つ目の問題は、情報が少ないこと。自分の通う高校に海外大学への進学を希望する学生のサポート体制が整っていない場合、必要な情報は自分で探す必要がある。
増えてきたとはいえ、海外大学を直接受験する学生はまだ少数派だ。地方であればなおのこと、サポート体制の不足や情報の少なさが大きな障壁となる。
「私の場合は、受験に必要な情報を得るために専門の塾に入る必要がありました。また、先生は推薦状の書き方をご存知なかったので、自分で調べたポイントをもとに先生に推薦状を作成してもらいました」
2つ目の問題は、経済的負担。海外大学の入試では600〜800字のパーソナルエッセーの提出を求められる。ひとつのエッセーを磨き上げるため、受験生たちは数十回にわたって書き直すこともざらだが、塾でのエッセーの添削費用は、1回数万円が相場だ。こうした高額の費用を支払える学生は限られている。
そして3つ目の問題は「支えになってくれる人が少ないこと」。精神面での課題だという。
「『自分は夢を叶えられる』と信じてくれる人の不在は、高校生の頃の自分にとって大きなハードルでした」
自分が受けた恩を後輩たちに返したい
メンターは「自分が受けた恩を後輩に返したい」という想いで、無償でメンタリングを担っている。
画像:オンライン取材よりキャプチャ
大学進学後、李さんはこうした問題の存在を改めて意識することになる。
きっかけは、自分と同じく、奈良県の中高からコロンビア大を目指した田中祐太朗さんとの出会いだった。大学の同期である彼もまた、周囲に理解者の少ない状況で海外大学を目指す難しさを実感してきた一人だったのだ。
「同じ道を歩もうとしている後輩たちに、海外大学進学を諦めてほしくない」
二人の意見は一致し、2020年4月atelier basiを設立。コロナ禍の真っ只中ではあったが、「直接会えなくてもオンラインでコミュニケーションを取れれば、日本の高校生をサポートできる」と思えたことは、活動のプラス要因となった。
Facebookで協力者を募り、設立から半年後にはメンターは6人体制になった。
SNSとウェブサイト上で募集をかけると、同じ悩みを抱えた現役高校生から、相談の依頼があっという間に舞い込んだ。2020年5月、高校1年生から3年生までの27人を対象にした「atelier basi」プロジェクトが始まった。
主に実施したのは、少人数の座談会やワークショップや個別メンタリングを通じた、情報提供やコミュニティ形成のサポート、エッセーの添削などだ。
現在は第2期となり、コロンビア大以外の大学にも支援の輪が広がっている。公式サイトを見ると、メンターにはスタンフォード大学、ハーバード大学、イェール大学などの現役学生たちの名前がずらりと並ぶ。
メンターの最も多い動機は「自分が受けた恩を返したい」というもの。李さんを含むサポーターたちの支援活動は現在無償で行われている。
受講生は15人が海外大へ進学
atelier basiの支援の輪は国境を超えて広がっている(写真はイメージです)。
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「この活動で損をしていると感じたことはない」。学業面で支障はないのか、と尋ねた筆者に、李さんは胸を張ってそう答える。
李さんが特に力を入れるのはエッセーの添削だ。2020年末は、大晦日まで受講生の文章をチェックしていた。
「atelier basiの受講生と人生を振り返りながら、何をどんなふうにエッセーに書くかを一緒に考えていく過程自体がとても楽しいんです。もし勉強だけの大学生活だったら、目の前のことしか見えなくなっていたかもしれません。高校生と関われる時間があることによって、私自身も視野を広く持てているのを感じます」
現在、サポーターの海外大学生は21人にまで増加した。2021年は、継続して受講した受講生15人が海外大学への進学を果たした。そのうち13人は、第2期のatelier basiのサポーターとしても活動している。
なお、受講生の選抜基準は「atelier basiの支援を必要としている状況にあるか」のみ。英語力を含む学力による選抜は一切行っていない。
李さんは第1期の受講生との間に、忘れられない思い出があると語った。
「全員の進路が決まった後、受講生たちがメンターのためにZoomで感謝会を開いてくれて。招待されたSlackのチャンネルに入ってみると、そこにはメンターへの感謝のメッセージがずらーっと並んでいました。特に多かったのは『自分の将来性だけでなく、今の自分にすでに素敵なことがあると信じてくれたのが嬉しかった』という声。atelier basiでは精神面でのサポートもできていたんだと知れて、すごく嬉しかったです」
今後の活動の課題は「本当に助けを必要としている人に情報を届けること」だ。
「私が通っていたような地方の高校も含めて、atelier basiの情報を広く届けたいです。海外大学進学を目指す高校生が環境によって夢を諦めることのないように、私たちにできるサポートをしていきたいと思います」
夢を叶えた先輩たちの言葉は、人生の岐路に立つ高校生にどれほどの勇気を与えてくれるのだろう。
ここで生まれた支援の輪が途切れないように、李さんはすでに下級生へのバトンタッチを進めている。一人の大学生から生まれた、海外大学進学のネットワークは少しずつその輪を広げている。
(取材・文、一本麻衣)
※atelier basiの李卓衍さんは、社会課題解決に取り組むミレニアル・Z世代を表彰するアワード&トークイベント「BEYOND MILLENNIALS 2022」(1月24〜28日オンライン開催)にノミネートされています。1月24日(月)には、ノミネートされたファイナリスト20人の中から、選ばれた5人の受賞者が登壇するピッチセッションを開催します。詳しくはこちらから。
からの記事と詳細 ( 「地方から海外トップ大目指す」山口県からコロンビア大へ進学した李卓衍さんが高校生助ける理由 - Business Insider Japan )
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