スイス人起業家のアラン・フレイさん(38)はバックパッカーのような生活を送っている。62個の持ち物を全て1つのバックパックに詰め、それを持って世界のさまざまな都市を移動しながら暮らしている。過去3年間で訪れた国は合計53カ国に上る。
フレイさんは10月、チューリヒ近くのアパートと家具を全て引き払った。手元に残したのは腕時計、歯ブラシ、下着7着、サングラスなど。現在、2足のスニーカーを持っているが、靴をレンタルできる会社を見つけたため、それらも近いうちに手放すつもりだ。以来、豪華なホテルに渡り住み、食事はレストランでしている。料理も掃除も洗濯も一切しない。仕事道具はサムスンの折り畳み式スマートフォン、ブルートゥース(近距離無線通信規格)対応の超スリムな折り畳み式キーボード、小型のワイヤレスマウスだけ。コンピューターは持っていない。
「とても楽しい」。下着と大人のおもちゃを販売する企業を経営するフレイさんはこう話す。
フレイさんは「デジタルノマド」の極端な例だ。デジタルノマドとは、定住先を持たず、世界中を旅しながら生活や仕事をしている人を指す。今はまだ少ないが、今後はもっと増える可能性がある。
「デジタルノマドは確実に増えるだろう」。こう指摘するのは米スタンフォード大学経営大学院のニコラス・ブルーム教授(経済学)だ。米国では、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)前はフルタイムで在宅勤務をする人はわずか2%程度だったが、その割合は約8~10%に上昇するとブルーム氏は予想している。そのうちたった10%が旅行しながらリモートで仕事をするようになったとしても、相当な数になるとブルーム氏は話す。英サリー大学ホスピタリティー・観光経営学校のスコット・コーエン教授は、標準的な出張旅行市場に代わる市場を求める中で、デジタルノマド向けのビザ(査証)や観光プログラムを設ける国が増えるとみている。
米コーネル大学SCジョンソン経営大学院ホテル経営学部のチェキタン・S・デブ教授は、そうしたトレンドを最初にけん引したのはミレニアル世代だったが、今そのミレニアル世代が年を取り、家族を連れて移動していると話す。
パンデミックはリモート勤務・授業を常態化させ、そうしたトレンドに一段と拍車をかけている。将来、デジタルノマドは中年の人が占め、家を借りたり所有したりする期間は短くなり、外国などもっと珍しい目的地を頻繁に移動するようになるかもしれない。
「以前はそこそこ成長しているニッチ市場だったが、今後は爆発的に成長するだろう」。旅行者向けにシェアハウスを運営するアウトサイトの創業者で最高経営責任者(CEO)のエマニュエル・ギセ氏はこう話す。アウトサイトは月額2000ドル(約21万円)前後でさまざまな都市の物件に宿泊可能な「Live at Outsite(リブ・アット・アウトサイト)」という定額制サービスを提供することを計画している。
ホテル運営会社シチズンMは9月、「グローバルパスポート」という定額制サービスを開始した。会員になれば月額1500ドルで世界21カ所にある同社のどのホテルにも宿泊できる。ただし、1カ所につき7泊以上30泊未満と下限と上限が決められている。同社の米国担当マネジングディレクターを務めるアーネスト・リー氏によると、オフィス・住宅・ホテルを兼ね備えた物件を求める旅行者が増えている。同社の各ホテルは部屋が全て同じで、ロビーはシェアオフィスのような造りになっている。「まだ始まったばかりだ」とリー氏は話す。
デジタルノマドの生活は万人向けではない。大きなデメリットの1つは孤独だ。移動の多い生活は社会的な絆を築くのが難しいためだ。ニュージーランドのビクトリア大学ウェリントン校経営大学院で講師を務めるイナ・ライヘンベルガー氏は、コロナ禍で社会的な孤立を経験したことで、安定や安心を損なうことに消極的になる人が将来は増えるかもしれないと話す。また、スタンフォード大学のブルーム氏が実施した調査によると、リモート勤務をする人は昇進のチャンスを逃しやすい傾向がある。さらに、納税やビザ、機器の接続などに関わる面倒な問題もある。
とはいえ、移動生活者向けの製品やサービスも登場している。フレイさんは2足持っているスニーカーをスイスのブランド「On(オン)」のランニングシューズ1足に減らす計画だ。オンは2021年から月額29.99ドルで同社のシューズを何度でも新製品に交換可能なサービスを開始する。また、米トローバ社は今年、移動時に貴重品を保管できる携帯可能な生体認証式金庫(219ドル)を発売した。
フレイさんは新しい都市に出発する前、ソーシャルメディア(SNS)で友人たちにメモを送り、移動先を知らせている。それ以外は特にストレスになるような準備はない。朝はホテルの周りを散歩しながらコーヒーを買い、その後は静かな場所を探して仕事をする。友人や友人の友人がよくパーティーやイベントに誘ってくれるという。
ここ1カ月はチューリヒにあるシチズンMのホテルに滞在している。この都市にはガールフレンドもおり、フレイさんの会社のオフィスもある。コロナで移動のペースは落ちたが、近いうちにまた移動する予定だ。「本当に幸せだ」とフレイさん話す。
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